世間に「自己肯定感」という言葉が流通しはじめて、もうだいぶ経ちますが。
中には「自己肯定感」という言葉がアレルギーになっている人もいるようで、
それはおそらくどうやって自己を肯定して行けばいいか
さっぱり分からないからなんじゃないかなと思う。
自己肯定感は高いに越したことがないし、
人生を心地よく生きていくためには
なくてはならないものだと私は思っている。
すでに自己肯定感が高い人は、この言葉を聞いてもさほど反応しないだろう。
なぜならすでにそう在るから、自己に浸透していて
自己を肯定する事が当たり前になっているから。
自己を肯定できる人は他者も尊重できる。
何故なら、自分がそうされたら心地よいことを体感レベルで理解しているから
他人もそうだろうという視点を持つからだ。
しかし、自己を肯定する力が低い・無い人は、その視点がない。
自己を肯定するとどんな感覚がしたり、どんな思考になったりする事が
体感レベルで理解出来ないから、
自分も理解していないことを他人に体現することは出来ない。
食べたことのないものの感想を言えないし、素材を想像する事が出来ないことと似ている。
だから、自己肯定感が低い人は高い人から見て、「あ、この人は自己肯定感が低い人だな」という事がすぐにわかる。(低い・高いのゲージも様々あります。グラデーションですが、ここではあえて極端に表現しています)
自己肯定感が低い人は、高い人から見るとこのように見える事がある。
・我慢しているんだなぁ
・完璧主義だなぁ
・え?なんで嫌なのに断らないの?
・働きすぎじゃない?
・言いなりになってるやん
・遊ばれてるんじゃない?
・思い込み激しいな
・被害者意識強くない?
・え?不幸自慢?
ざっとあげたらこんな感じだろうか。
言われたことがある人は幸せな方だと思う。
何故なら、大体は言うのもめんどくさくて言わないから。
言っても言われた本人はマヒしているから話が通じないし。
上のようなことを言われたことがあるなら、
少し自分を疑ってみるといいかもしれない。
そしてその場合はおそらく身近な人(友人、家族、恋人)に言われたと思うんだけど
言ってくれた人を嫌いにならずに大事にした方がいいと思う。
0コメント