自己防衛についての極性の原理

とある方のツイートからふと思うことがあったので

私なりの考えをまとめておこうと思います。


私たちが住んでいる次元空間にはいくつもの法則があり、

私たちが当たり前に見ているものや自分自身も、1つ残らずそれらの法則を基にして数学的に動かされています。これらのトリックとも呼べる動きは、実に的確で、一寸の狂いもなく美しく調和されています。


いくつかある原理法則の中のひとつ、「極性の原理」とは、

あらゆるものには2つの極があり、それらの2つの極は対になっている。それら2つの極は度が異なるだけで性質は同じである。よって、全ての極は統合できるというものです。


私たちが何かを見たり感じたりできるのは、同じモノサシの中のある一点を見ているだけで、見た瞬間に「それ」と「それ以外」が瞬時に確立するから「分かる」わけです。

「私」という概念が生まれるのは、「私以外」があるからです。

この世に最初から「私」しか居なければ、「私以外」と区別する概念は必要ないので、そもそも「私」とラベルを付けなくてもいいのです。


では今回は「自己防衛」について、この原理を絡めてお話してみましょう。


「自己防衛」とは、自分を防衛する行為ですね。

自分を守るわけですから、守らなければいけない理由(敵)が存在します。

私たちは普通、「敵がいる→自分を守る」という順番で認識していると思いがちですが、実は「自分を守る→敵が現れる(敵を見る)」が正しいのです。(この辺は量子力学とも関連しますがここでは詳しい説明は省きます)

この「極性の原理」が働いているとすれば、自分が持っている極は一方でしかないので、その逆の極も合わせて1つになるわけですから、「守る」を持った(見た)瞬間に同時に「敵」を存在させてしまうということになります。

磁石の棒を思い浮かべてみるとわかりやすいと思います。

磁石は異なる極同士を合わせ持って、ひとつですよね。あれと同じです。


よく、お金の引き寄せなどで「すでにある」っていいますが、あれもこの原理です。

無意識や原理には善悪のジャッジは存在しませんので、「そうは言ってもある程度の守りは必要なのでは、、」ということではないのです。

必要か必要じゃないかは「自分の意志」の領域です。

今お話している原理原則はそれとは全く別領域のものです。

あらゆるものに働く原理であり、なので私たちには「自由意志」という法則も存在します。

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