あらゆる境界が限りなく薄くなりつつある雰囲気。
境界とは至る所に存在しますが、
その境界を作り出しているのは私たち個人の内側にある意識です。
「ここ」と「そこ」を区別するために使う価値観は
全ての人間が同じではありません。
「私」があれば「私以外」が瞬時に存在します。
その「私以外」が物質的なものなら境界に見分けがつきやすいのですが
目に見えないものの境界となると
線引きが難しくなりますね。
最近では性別の境界も曖昧ですし、
シェア時代なので「私のもの」という境界も
曖昧になってきています。
突き詰めて考えていくと、
「私の体は私の所有物なのか?」という問いにたどり着きます。
海外では亡くなった人を埋葬する際に祈る言葉で、
「今その屍を地にゆだね、土は土に、灰は灰に、塵は塵に還すべし」
とあります。
となると、私たちの身体は広い視野で考えれば
一時的に借りているものであり、
絶対的に所有できるものではないのかもしれません。
「悟り」は「わたし」という概念さえもない領域に
同化していくことなのかもしれません。
ちょっと思想哲学めいた話になってしまいましたが、
9日は、このような分野について思いを巡らせることにも
向いているようなエネルギーの雰囲気です。
日頃満たされているものを認めず、
足りないものに意識がむきがちな雰囲気も感じられます。
手が届かないものを追い続ける、そのプロセスに満足してしまうのではなく
真に自分を満たしてくれるものを見極めて。
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