アーティストが売れたらつまらなくなる現象について考えてみた

前からずっと、度々思い出しては考えていた。

アーティストが売れた途端につまらなくなってしまう現象について。


音楽でも写真でも絵でもなんでもそうだけど、

スケールの大小はあれど

この現象って至る所に転がっていると思う。


創作物ならなんでもいいわけではなく、

この人の作る音楽だから聴きたいとか、

この人の撮る写真だから美しいとか、

「その人」でなくてはならない何かがあるから

惹かれるのだろうと思う。


だけど、まだ業界を知らない荒削りでピュアな状態の良さが、

ある一定の時期をすぎるとそれまで作品を追っかけていた状態から

いつの間にか興味が少しずつ薄れてしまって、

「あ、この人いつの間に新しいのこんな出てたんだ」みたいな現象に

陥ってしまう。


「あの人の撮る独特の質感」が好きだったのに、

いつの間にか単なる「いい写真」になってしまったり。

確かに「いい写真」ではあるのだけど、

その他大勢とあんま違いがわかんねーな。とか

ウケ狙い感が伝わってきたりする時もあって、

そういうのって胸焼けがしちゃってすぐにごちそうさまですって感じになる。


確かに「売れること」は大事だ。

そうなるとウケ狙いもある意味必要なのだろうけど、

そことはまた別の理由があるんじゃないかと

私は考えてみた。


ポイントは2つある。


まず1つ目は先ほども言った「承認欲求が見え隠れしてしまっている」だ。

評価をもらうこと、誰か偉い人に認めてもらうこと、

とにかく「認めて欲しい」の割合がグッと増えると、作品から立ち込めるピュアさは

消え去ってしまうのではないだろうか。

「好きだからやっている」の割合が少なくなって、ウケを狙うようになると

ロジックにコテコテに当てはめたようなものになってしまいそうだ。


写真でいうと、

「雨の日の写真はそれだけで何倍も見栄えがよくなる」とか

こういう角度で、こういう色合い、みんな好きだろ〜?

みたいなやつとか。

撮っている人の色や温度や質感というものが薄れ、

♯ファインダー越しの世界

♯カメラ好きさんと繋がりたい

とかの中に溢れてそうなものだ。

(決してディスってるわけではありません)


いや、そのタグを付けたくなる気持ちは

わからんでもないのだけどね。


そしてもう1つのポイント。

それは、使用機材がよくなって、機材の良さにカバーされて

センスを磨くことにあぐらをかいてしまうのではないか。

と、考えてみた。


機材がよくなれば当たり前にある程度のグレードはよくなるだろう。

例えば、ギタリストがエフェクターに頼りすぎて

反対に音がぺらぺらになってしまう現象みたいなものかなと。

「それっぽい」に満足して、

センスや技術を磨くことの貪欲さだけが

置いてきぼりになってしまっていないだろうか。


ただ、例外がある。

売れても自分の色や軸を変えずに売れ続ける人がいる。

そういう人は、ツール云々はあまり関係ないのだろうなと思った。

いわゆる天才ってやつなんだけども。

自分がしたいこと、できることを

最大限に表現し続けられる人。

こういう人は、ツールはツールとしてしか使っていないイメージ。

そこに頼らず、あくまでもその時々の自分のセンスが最大の武器。


そんなふうに私は考えてみました。

みなさんはどう思いますか?


誰もがみんな密かに天才になりたいと思っているし

どうしたら天才になれるのか試行錯誤したり諦めたりしている。

時には天才になったような錯覚を楽しんだりもして

だけどやっぱり違ったんだって落ち込んだりもする。


でも、きっと、本当の天才は

そんなこと考える暇もなく

ただ自分の目的を見つめ続けているんだろうな

と思う。




mrnobodystarot

リアリスト。タロット占い師。

MASUMI MERRCURY

占いのこと、日常のこと。

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